24話 スポーツブランドの人気

スポーツブランドの人気は根強い。

歴史的に見れば80年代にアディダス・プーマの1次ブーム

90年代にナイキブームが火となりコンバースなどスニーカー

ブームがブレイクしました。

2000年までスポーツブランドのアウターやパンツは1部でしか

トレンド発生しませんでしたが、この数年爆発的に増えた

スポーツブランドコーディネートはメーカーの努力と

セレブやミュージシャンの着こなしからかバブルを迎えている

ベッカム
ミラクニス

アディダスとプーマ

あまりにも有名な2大ブランド「アディダス」と「プーマ」

知ってい人は知っている事実ですが、このアディダスとプーマ

創業者は「兄弟」なのです。

1920年 ダスラー兄弟商会を仲良くドイツ、バイエルン北部で

誕生。きっかけは親が靴職人だった。

兄のルドルフダスラーは敏腕な営業マン、弟のアドルフダスラー

は腕の良い靴職人として仲良く会社を立ち上げました。

1936年のベルリンオリンピックを期にダスラー兄弟商会は

事業を爆発的に拡大する事に成功させました。

成功の背景には歴史的に有名な「ヒトラー」の存在もかなり

大きな影響を与えました。

当時のナチス政権はスポーツに力を入れていたので

ベルリンオリンピック+ヒトラー政権の後押しで拡大した

しかし、残念な事にダスラー兄弟商会はこの頃から兄弟ゲンカ

が絶えず、政治的意見が対立しついに分裂する事になる。

政治と戦争によって切り裂かれた兄弟・・・少し悲しい

エピソードですが、このきっかけで世界的に有名な

「アディダス」と「プーマ」が誕生します。

アディダスとプーマの誕生

第二次世界大戦後、兄のルドルフダスラーは弟の

アドルフダスラーに株を全て売却し、その資金で「プーマ」を

設立。弟は残った会社(ダスラー兄弟商会)の名前を

自分の愛称「アディ」と苗字のダスラーを掛け合わせて

「アディダス」と名付けアディダスをスタートさせました。

優秀な販売員は兄の会社(プーマ)に残り靴職人の多くは

弟の会社(アディダス)に在籍する事になりました。

ブランド戦争開始             「アディダス」VS「プーマ」

スポーツの発展と共にこの兄弟は更に対立を深めます。

しかしアドルフダスラーとルドルフダスラーは1978年に

アドルフダスラーが、1974年に逝去してしまう。

ここで「アディダス」「プーマ」戦争は終息するかと思いきや

2人の新たな人物がこの亀裂を更に拡大する事になる。

時は1970年、まだアドルフダスラーとルドルフダスラーが健在

だった頃、2人の人物アドルフダスラーの息子「アーミン」と

ルドルフダスラーの息子「ホルスト」が1つの約束を交わす。

1970年はサッカーワールドカップメキシコ大会が開催

2人が交わした約束は「サッカーの神様、ペレにだけは手を出さない」

この頃、アディダスとプーマはスポーツ選手等を広告塔に

しようと高額でスポンサー契約を交わしたり札束戦争が勃発

した中で「ペレ」を取り合えばとんでもない金額になるし

今後のスポーツ協会の価格を2人で吊り上げてしまうから

「ペレ」を取り合うとはやめようと約束したのです。

しかし、プーマが誰かにそそのかされたのかあっさりこの協定

を裏切り再び「兄弟戦争」が開始しました。

すごい販売戦略 プーマの代理人 ハンス・ヘニングセン

プーマの戦略はまだまだ続きます。ワールドカップが終盤に

なった頃、プーマの代理人「ハンス・ヘニングセン」が

ペレ側にある事を提案!?働きかけます。

①キックオフ直前にペレが審判に話しかけ、ちょっと待つように頼む

②ペレは膝をつきヒモを結び直す(カメラが一斉による)

③わずか数秒ですがテレビの向こう側の人が一気にシューズを注目する

この作戦が大成功しプーマは世界にどんどん広がっていきます。

完全に途切れたダスラー 一族

現在は両家(アディダスとプーマ)はダスラー家との繋がりは

ありません。

兄の会社「プーマ」はサンローランやグッチ傘下の

ケリング」に弟の「アディダス」は経営難から

フランスの実業家「ドレフェス」に経営権が渡り

アディダスグループとして飛躍しています。

アドルフダスラーとルドルフダスラーのケンカは

世の中のスポーツブランドの発展に大きく貢献しました。

兄弟喧嘩がもたらしたスポーツブランドの発展は現代

スポーツする人だけでなくファッション業界にも

大きく貢献してくれています。

おまけ(お酒のアテ)

アディダスやプーマってロゴが歴史と共に変化しているのは

ご存知でしょうか?

初代「ワールドマーク」1960年頃

アディダス ワールドマーク
ワールドマークアップ画像

「トレフォイル」 1970年頃

 「エキップメント」 1990年頃

それぞれのルーツはWikipedia ウィキペディアに詳しく記載

されていますのでご覧ください→ウィキペディア

プーマのヒョウには目玉が付いていた!

プーマもアディダス同様、年代によりロゴが変化してきました

「ルドルフダスラー プーマ」1950年後半頃

「漫画家ラッツバーキーズが手掛けたロゴ」1960年後半頃

「現代の形 ナンバーワンロゴ」1979年

詳しくはプーマヒストリーをリンクしておきますので

興味がある方はご覧ください→プーマヒストリー

目つきプーマのスニーカーとジャージ

わずかな期間でしか生産されず今はとても貴重なものです。

私もコレクター時代は目つきプーマのジャージとスニーカーを

集めていました。

少しだけですが画像にて実際に存在した「目つきプーマ」を

ご紹介致します。

ロゴのヒョウに「目」が付いているのがわかります。

今から考えると新鮮な感じもします。

スニーカーのかかとのロゴです。

よく見るとハリで突いたような目が突いています。

アディダスとプーマに焦点を当ててスポーツブランドの話を

してきました。

下記にスポーツブランドアイテムが見れるショップを貼り付け

てますので、お酒のアテにネットサーフィンをお楽しみください。

アディダスなどのスポーツブランドが観れるお店

↓↓↓

S-STYLE

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